千野帽子「人はなぜ物語を求めるのか」を読んだ

結構前に読んですごい衝撃を受けた本。おそらく今年一年で最も衝撃があった。ただ、2回読んでみると、なんだか書いてあることが当たり前のように感じる。昔、数学や物理学でわからないところにウンウンうなったあとに、内容を理解すると急に書いてあることが当たり前のように感じられたのに近い感覚がある。それはつまり、自分の認識が新しく変わることに成功したことを意味する。

この本はいったい何についての本なのだろう。私は物語についての本が読みたかった。ところが、この本は物語をまず批判する。ここで物語とは、因果関係のないところに因果関係を作って語られるものである。物語は、「私」とか、私の見る「世界」を成り立たせる。ところがそのような「私」とか「世界」はときに自分を苦しめる。公正世界の誤謬が一例だし、前後即因果の誤謬もまた一例である。「私はこういう人」とか「世界はこう」と考えることで、自分を苦しめたり、頑張りすぎたりしてしまう。

そのような「自分」とか「世界」を手放すことを「二度生まれ」という。クリフハンガー(崖から落ちそうになりつつも必死に落ちないようにしがみつくひと)が手を離し落ちてしまうと、意外と落ちてしまっても大丈夫で、前よりも広い世界に自由に生きることができる。

そのようなことを踏まえて、ハリウッドの脚本術の本を読むと、「反物語の映画・小説が大事なのではないのだろうか」と考える。ヒーローは一度死んだあと、以前よりも大きな力を得て強くなる。また、人間の世界認識がいい加減であることを描く素晴らしい映画・小説がたくさんある(「メメント」など)。登場人物のキャラクターが途中からまったく違う側面を見せる素晴らしい映画・小説がたくさんある。主人公が悪役であり、その主人公を(作者が)追い詰めまくって、負けさせると、実は彼が悪役であったのは、小さい頃に受けた暴力などで、小さい自分を過剰に守るためだったことがわかり、そこから小さな自分を捨てて改心するような映画・小説もある(「息もできない」など)。

人間はそうやって「世界」や「私」を物語によって構築し、自分を苦しめてしまう。しかし、そこで崖にしがみ続けて頑張る自分をやめ、手を離すと楽になれる。

本書は物語を描きたい人はもちろん、自分がどう生きるべきかを考える人にもオススメしたい。