永劫回帰と運命愛

ここのところずっと自由意志と決定論について考えている。そんな中、竹田青嗣さんの『ニーチェ入門』を15年ぶりに読み返した。15年前はよくわからなかったのだけど、今回読んで、まるで足りなかったパズルの最後の1ピースが見つかったような気持ちになった。

世界や人生が一回きりであり、また皆に自由意志があると仮定すると、「私は今この選択をして後で後悔しないだろうか」とか「私はああすべきでなかった」といった、迷いが後悔が生まれる。また、それがゆえに、「あなたはこうすべきなのだ」「こうすべきでなかった」といったような道徳規範が生まれたり、罪の意識が生まれたり、自分の行動を制約しようとしたりする。

ニーチェはあるとき、永劫回帰の思想に啓示を受けたらしい。永劫回帰とはこの世界は時間が経つとまた前の状態に戻ってそれが繰り返されるという考えだ。これは私たちが通常想定する直線的時間論(キリスト教的時間論)と異なるもので、古代ギリシアの自然哲学にあった円環的時間論を復活させたものである。ニーチェは物理学によって、この円環的時間論を基礎付けられないかと思案もしたようだ。例えば、「世界にある物質は有限で、時間が無限であるなら、どこかで物質の配置が全く同じ状態になる時があり、そこから前と同じ繰り返しが起こる」と。おそらく現代物理学ではエントロピー増大の法則などあり、この想定は無理かもしれない。ただ、多元宇宙で、いろんな宇宙が全く同じ動きをする、など、色々夢想は可能だ。またたとえ、そのような時間論が非現実的であるとしても、「永劫回帰が成り立つ、というフィクションを生きることで我々の行動はどう変わるか?」と考えることは意味がありそうである。

ニーチェはなぜ永劫回帰という思想を考えたか。それは私たちの行動というものが、一回きりでなく、何度も繰り返されており、これからも繰り返される、という考えを持てば、私たちは自分の取る行動に後悔や迷いを持たなくなり、自信を持つことができるからである。例えば、永劫回帰の周期が仮に1万年だとすると、1万年前にも2万年前にも、また、1万年後、2万円後も、世界は今と同じようにあって、私と同じ姿をして同じ性格の人間がこのようにブログを書いていると考えると、それは決定されたことであり、自分の行動に迷いがなくなり、自信を持つことができるのである。

ところで、もう一度自由意志と決定論について考えよう。自分がある行動をしようとするとき、人間は自由意志でその行動を選択したと考える。しかし、生理学者のベンジャミン・リベットによれば、何かを行動しようと意志した以前に脳内では、その行動を取ろうと準備をし始めている。よって、意志していると思っているのは、脳内の無意識の動きを追認しているにすぎず、「自分が意志した」という考えは幻想・錯覚である。

そもそも自由意志という概念は、運命への対抗として用いられてきたのだというのがニーチェの考えである。よって、運命という概念がなければ自由意志という概念ができない。と同時に、ニーチェは我々が自由意志を行うか否かも運命によって決められると考える。

ここで、ニーチェは、運命を肯定することが自由意志であると考える。そして、運命を肯定した時、自分の行動に迷いがなくなる。世界や自分の行動がA年前、2×A年前、3×A年前・・・も同じで、A年後、2×A年後、3×A年後・・・も同じと考えると、後は自分のその運命を愛するか否かである。

竹田青嗣さんによれば、ニーチェのこの思想はキリスト教などの、超越的なものや道徳を持ち出して、人の行動を縛ろうとするものから人々を解放するための思想だったということである。

そもそもニーチェ宇宙論としての「永遠回帰」によって抹消しようとしたのは、伝統的な真理観念、目的論、苦痛を救済する超越論的意味位、道徳等々である。もしも「永遠回帰」が否定的なものを振り落とし「肯定的なもののみを」回帰させるという世界観であれば、かえってそれは新しい「救済の世界像」になりかねないのではなかろうか。(竹田青嗣ニーチェ入門』)

 

永遠回帰」のイデーは、生の一回性を利用して世界と生そのものへ復讐しようとするルサンチマンの欲望を"無効"にするのである。自分の不遇を、いわば世界と刺し違えることではらそうとするルサンチマンの欲望は、「永遠回帰」によって無効化される。(竹田青嗣ニーチェ入門』)

キリスト教社会ではない日本においても、社会には生の一回性を利用して人々に自分の行動を縛ったり否定させたりする道徳を張り巡らされている。また、予測が立てづらい将来について、自分が生き残っていけるのだろうかと不安になって一歩前に進むことができない。そのため、周りがおかしいと思う選択はなるべく取らないし、リスクのある行動はしなくなる。そういったものも含めて運命と言ってしまえばそうだが、運命を愛することで、前向きになることもまた運命である。私は最近、永劫回帰に啓示を受けたように感化され、行動に前向きになれるような気がしている。

ニーチェ入門 (ちくま新書)

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ニーチェ (ちくま学芸文庫)

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ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

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マインド・タイム 脳と意識の時間

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